大阪高等裁判所 昭和53年(ネ)1317号 判決 1979年5月15日
控訴人
松本義一郎
右訴訟代理人
坂田和夫
被控訴人
秋山文善
右訴訟代理人
志水熊治
主文
一 原判決のとおり変更する。
二 控訴人は、被控訴人に対し、一〇〇万円およびこれに対する昭和三八年一〇月一六日以降支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
三 被控訴人のその余の請求を棄却する。
四 訴訟費用は、第一、二審を通じこれを二分し、その一を控訴人の、その一を被控訴人の負担とする。
五 この判決は、第二項にかぎりかりに執行することができる。
事実《省略》
理由
<前略>
四控訴人は、被控訴人の損害賠償請求権は一〇年の消滅時効にかかつていると主張し、右請求権の履行期は、前記のとおり、昭和三八年一〇月一五日と認められるが、本訴提起がそれより一〇年以上のちの昭和四九年九月一三日にされたものであることは、記録に照らし明らかである。そこで、被控訴人の時効中断の主張について案ずるに、前掲<証拠>によれば、被控訴人は、昭和三八年一〇月一八日控訴人を相手方とし、別紙目録(一)の(1)の土地(上段の土地の一部ではあるが、その大部分を占める。)についての控訴人の持分権(二分の一)を目的として神戸地方裁判所に不動産仮差押の申請をしたこと、その申請理由として被控訴人が主張した事実関係は、前記二の認定事実と同一であるが、申請理由においては、控訴人が叙上の担保提供等を拒み、また一〇〇万円を支払わなかつたのは不法行為になり、被控訴人は右不法行為により一〇〇万円以上の損害を受けたと主張している点に相違があること、神戸地方裁判所は同月二一日右申請どおりの不動産仮差押決定をし、同月二二日別紙目録(一)の(1)につきその旨の記入登記がされたことが認められる。そうすると、本訴請求は債務不履行にもとづく損害賠償請求を訴訟物とし、仮差押は不法行為にもとづく損害賠償請求権を被保全権利としていることになり、それぞれその法的構成を異にしているといわなければならないが、事実関係は同一ということができるのであつて、権利者はそのいずれでも請求することができるが、一方の請求が認容されればその範囲ではもはや他方を請求することが許されないという関係にたつのである。このような場合本訴の訴訟物についての消滅時効は右仮差押の申請時に中断しているものと解するのが相当である。
ところで、<証拠>によると、仮差押申請および仮差押決定における請求債権の表示はいずれも五〇万円とされていることが認められるので、右仮差押により本訴において認められる債権一〇〇万円の全額について消滅時効が中断するかについて検討するに、仮差押が時効中断事由とされるゆえんは、それが債権者の権利行使であることと仮差押手続を通して権利の存在がある程度公に確認されることによるものと解される。そして、仮差押の申請には「請求ノ表示」(以下「請求債権」という。)を掲げなければならず(民訴法七四〇条一項一号)、仮差押の裁判でも疎明された請求債権を表示することになるが、仮差押手続上公に権利の存在が確認されるのは右の請求債権についてであるといわざるをえないから、民法一四七条二号による時効中断の効力が生じるのは仮差押申請とその裁判で表示される請求債権の額の範囲に限られるように考えられないではない。しかしながら、債権者は仮差押申請にあつて権利の全部を主張している場合でも、仮差押対象物件の価格が債権額にみたないとかあるいは債権者の有している担保の関係等で当面保全の必要があるのは権利の一部にすぎないなどの理由から、とりあえず請求債権を権利の一部に特定することが少なくないと考えられるし、もともと仮差押手続における権利の確認はその発生原因および額のいずれについても疎明にもとづく暫定的なものにすぎず、その本質上本案訴訟とそこにおける既判力による権利の確定を予定しているのであり、仮差押が時効中断事由としての意味をもつのはのちに本案訴訟等仮差押手続と別個の手続で当該の権利が認められる場合であるが、仮差押手続の緊急的性格からすると仮差押手続において主張され確認された権利とこれらの手続において主張され確認された権利との間に多少のそごが生じることはけだしやむをえないところとも考えられる。このようなところからすると、仮差押手続で表示された請求債権の額によつてただちに仮差押による時効中断の効力を生じる金額範囲を限定するのは相当ということができないのであつて、債権者が仮差押申請において権利の一部を請求債権としている場合でも、債権者が明らかに権利の一部についてのみ権利行使をする意図を表明しているものと認められるときはともかくとして、権利の全部を主張しているものと認められる限り、請求債権の金額にかかわらず本案訴訟等で認められる権利の全部について時効中断の効力をもちうるものと解するのが相当である。本件についてみるに、前記認定事実によれば、被控訴人は右仮差押申請において一〇〇万円以上に上る損害賠償請求権を有すると主張していることが明らかであり、<証拠>に照らしてみても、被控訴人が右仮差押申請において権利行使をする債権を殊更にその一部である五〇万円に限定したものとは認められず、むしろ、<証拠>によると、被控訴人が仮差押申請における請求債権を五〇万円と表示したのは、前記仮差押対象物件(なお、控訴人が同物件に有する登記名義は持分二分の一についてのみである。)との関係において債権額を特定したものにすぎないものと認められる。したがつて、右仮差押により本訴において認められる損害賠償債権一〇〇万円全額について時効中断の効力が生じているものというべく、控訴人の消滅時効の主張は理由なきに帰したものといわなければならない。
五そうすると、被控訴人の本訴請求は、一〇〇万円およびこれに対する昭和三八年一〇月一六日以降支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度においては正当であるが、その余は失当であるから、原判決は変更を免れず、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、九二条、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。
(朝田孝 富田善哉 川口冨男)
目録(一)
(1) 神戸市垂水区西垂水町字高丸陸二二五二番の三一六
一 山林 八畝二六歩
(2) 同所同番三一二
一 山林 六歩
(3) 同所同番一、〇三三
一 山林 八歩
目録(二)
同所同番の三一九
一 山林 七畝二八歩